大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和51年(ワ)180号 判決

主文

当裁判所が昭和五一年四月二三日に言渡した昭和五〇年(手ワ)第一六九号約束手形金請求事件の手形判決のうち、被告揖斐川鉄興株式会社に関する部分を取消す。

原告の被告揖斐川鉄興株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

当裁判所が昭和五一年四月二三日に言渡した昭和五〇年(手ワ)第一六九号約束手形金請求事件の手形判決のうち、被告揖斐川鉄興株式会社(以下被告という。)に関する部分を認可する。

との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、左の約束手形一通を振出した。

金額 二〇八万六、六三三円

満期 昭和五〇年一一月二五日

支払地・振出地 岐阜市

支払場所 株式会社大垣共立銀行千手堂支店

振出日 昭和五〇年六月三〇日

受取人 アトム産業こと平田伍

2  右受取人であるアトム産業こと平田伍は、右手形を平田工業株式会社に、同会社は原告にそれぞれ拒絶証書作成義務を免除して順次裏書譲渡し、原告は右手形の所持人である。

3  原告は、右手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。

4  よつて、原告は被告に対し、右手形金二〇八万六、六三三円及びこれに対する満期である昭和五〇年一一月二五日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求の原因1は、認める。

2  同2は、不知。

3  同3は、認める。

4  同4は、争う。

三  抗弁

1  債権者代位権に基づく相殺(第一次抗弁)

(1) 被告は平田工業株式会社に対し、確定判決(当庁昭和五一年(手ワ)第二一号)による一、〇五一万九、八六七円及び内金九一三万四、四三六円に対する昭和五〇年一一月二六日から、内金一三八万五、四三一円に対する同年一二月二六日から各支払済に至るまで年六分の割合による金員の手形金債権を有している。

(2) 平田工業株式会社は、原告に対し、定期預金債権一、九二五万七、〇〇〇円及び定期積金債権七二九万八、〇〇〇円を有する一方、原告に対し本件手形の買戻債務二〇八万六、六三〇円を負担しているが、平田工業株式会社は既に倒産して無資力となり、同会社代表取締役は行方不明で、原告に対する右反対債権をもつて相殺する権利を行使しない。

(3) そこで、被告は、被告の平田工業株式会社に対する前記手形金債権を保全するため、同会社に代位して昭和五一年一月二四日前項の同会社の原告に対する反対債権をもつて、同会社が原告に対し負担する本件手形買戻債務と対当額で相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示はそのころ原告に到達した。

(4) 以上のとおりであるから、本件手形金は、平田工業株式会社と原告間で、既に決済ずみである。

2  差押・転付命令により取得した債権による相殺(第二次抗弁)

(1) 被告は、平田工業株式会社に対し、確定判決(当庁昭和五一年(手ワ)第二一号)による一、〇五一万九、八六七円及び内金九一三万四、四三六円に対する昭和五〇年一一月二六日から、内金一三八万五、四三一円に対する同年一二月二六日から各支払済に至るまで年六分の割合による金員の手形金債権を有している。

(2) 被告は、前項の債権を被保全権利として、平田工業株式会社が原告に対して有する別紙預金債権目録記載の各預金債権につき仮差押をなし(当庁昭和五一年(ヨ)第二〇号)、右仮差押決定正本は昭和五一年二月一二日その第三債務者である原告に送達された。

(3) ついで、被告は、右(1)の執行力ある手形判決正本に基づき、別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権につき、差押・転付命令(当庁昭和五一年(ル)第一四二号・同年(ヲ)第一五二号)を得、同命令正本は昭和五一年五月二四日その第三債務者である原告に送達された。従つて、右預金債権のうち、前記(1)の手形債権の限度内において、その預金債権は、被告の権利となつた。

(4) そこで、昭和五一年六月一四日の本件第五回口頭弁論期日において、被告は、原告が被告に対して有している左の手形金債権を受働債権とし、前項のとおり被告の権利となつた預金債権を自働債権として、相殺の意思表示をなした。

〈1〉 額面 金二〇八万六、六三三円

満期 昭和五〇年一一月二五日

(右は、本件手形金)

〈2〉 額面 金二一万四、四五九円

満期 昭和五〇年一二月二五日

〈3〉 額面 金三五万九、七八〇円

満期 昭和五一年一月一五日

〈4〉 額面 金一二二万二、〇四四円

満期 昭和五一年二月二五日

〈5〉 額面 金二二八万二、九一四円

満期 昭和五一年三月二五日

以上額面合計 金六一六万五、八三〇円

右のほか、各満期より昭和五一年六月一四日まで年六分の割合による利息金

(5) 相殺適状について

別紙預金債権目録(4)記載の定期預金は、期払式であるから、その満期日の昭和五一年三月二六日には、相殺適状となつたものである。

また、被告は、前記1の(3)のとおり、昭和五一年一月二四日平田工業株式会社を代位して相殺の意思表示をし、これは同月二六日原告に到達しているから、右相殺が預金債権の弁済期末到来のため効力を発生しないとしても、少なくとも平田工業株式会社を代位した被告の意思により別紙預金債権目録(1)ないし(3)記載の定期預金の自動継続は停止されたものと解すべきであり、さらに、被告は前記2の(2)のとおり、預金債権につき仮差押決定を得、同決定正本は昭和五一年二月一二日原告に送達されているから、原告はその仮差押の効力として本件預金を処分し得ず、右決定の送達された日の現状において預金を保管すべきであるから、同目録(1)ないし(3)記載の定期預金の自動継続は停止されたものというべきである。従つて、同目録(1)記載の定期預金はその満期日の昭和五一年五月二五日には相殺適状になつたものというべきである。

(6) そうすると、原告の被告に対する本件手形金債権は、被告の原告に対する同目録(4)記載の定期預金の満期である昭和五一年三月二六日の経過とともに、相殺の効力が発生し、消滅に帰したことになる。

四  抗弁に対する答弁

1  債権者代位権に基づく相殺(第一次抗弁)について

(1) 抗弁1の(1)は、認める。

(2) 同(2)のうち、平田工業株式会社が原告に対し、本件手形金債務二〇八万六、六三〇円を負担していること、同会社が既に倒産して無資力となり、同会社代表取締役は行方不明であることは認めるが、その余は否認する。すなわち、平田工業株式会社は原告に対し、昭和五一年一月二五日現在別段預金一五万一、九八六円並びに別紙預金債権目録(1)ないし(4)記載の定期預金八五四万三、六〇五円、及び同目録(5)記載の定期積金二四〇万円、以上合計一、一〇九万五、五九一円を有しており、原告は平田工業株式会社に対し、同日現在本件手形金債権を含め、合計金八、八〇八万四、九二九円の債権(手形貸付二、三七〇万円、証書貸付三、九一二万四、八三一円、割引手形一、九七四万〇、〇九八円、代理貸付五五二万円)を有している。

(3) 同(3)のうち、被告主張のような相殺の意思表示のあつたことは認めるが、その自働債権である定期預金債権は、自動継続元加式で昭和五一年一月二四日当時いずれも満期未到来のものであるから、右相殺は無効である。

(4) 同(4)は、争う。

2  差押・転付命令により取得した債権による相殺(第二次抗弁)について

(1) 抗弁2の(1)は、認める。

(2) 同(2)は、認める。

(3) 同(3)のうち、前段は認めるが、後段は争う。

(4) 同(4)のうち、被告主張のような相殺の意思表示のあつたことは、認めるが、その効力は争う。

(5) 同(5)のうち、別紙預金債権目録(4)記載の定期預金が期払式であることは認めるが、その余は争う。

(6) 同(6)は、争う。

五  再抗弁

原告は前記差押・転付命令の前である昭和五一年三月四日原告の平田工業株式会社に対する手形貸付金債権をもつて、平田工業株式会社の原告に対する別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権と相殺する旨の意思表示をしたから、右差押・転付命令は効力を生じない。

六  再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は、否認する。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1及び3の各事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、抗弁につき判断する。

1  債権者代位権に基づく相殺(第一次抗弁)について

(1)  被告が平田工業株式会社に対し、確定判決(当庁昭和五一年(手ワ)第二一号)による一、〇五一万九、八六七円及び内金九一三万四、四三六円に対する昭和五〇年一一月二六日から、内金一三八万五、四三一円に対する同年一二月二六日から各支払済に至るまで年六分の割合による金員の手形金債権を有していることは、当事者間に争いがない。

(2)  平田工業株式会社が原告に対し本件手形金債務二〇八万六、六三〇円を負担していること、同会社が既に倒産して無資力となり、同会社代表取締役は行方不明であることは、当事者間に争いがない。

被告は、平田工業株式会社が原告に対し、定期預金債権一、九二五万七、〇〇〇円及び定期積金債権七二九万八、〇〇〇円を有する旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、証人鍋田勝彦の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証の各一、二、甲第八、第九号証、甲第一〇号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五一年一月二五日現在で、平田工業株式会社は原告に対し、別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載のとおりの預金債権を有していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(3)  被告は、被告の平田工業株式会社に対する前記(1)の手形金債権を保全するため、同会社に代位して昭和五一年一月二四日別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権をもつて、同会社が原告に負担する本件手形金債務と対当額で相殺するとの意思表示をなした旨主張するが、右自働債権である預金債権は昭和五一年一月二四日当時いずれも満期未到来であるのみならず、平田工業株式会社の原告に対する右預金債権をもつて、原告の平田工業株式会社に対する本件手形金債権と相殺してみても、平田工業株式会社の債務は減少するものの、これと対当額で同会社の債権も減少するから、被告の平田工業株式会社に対する右債権が保全されるわけのものではない。従つて、債権者代位権の要件を欠くものとして、被告の右相殺の意思表示は、その効力を生ずるに由なきものといわねばならない。

2  差押・転付命令により取得した債権による相殺(第二次抗弁)について

(1)  被告が平田工業株式会社に対し、前記1の(1)の手形金債権を有していることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

(2)  被告が右の手形金債権を被保全権利として、平田工業株式会社が原告に対して有する別紙預金債権目録記載の各預金債権につき仮差押をなし(当庁昭和五一年(ヨ)第二〇号)、右仮差押決定正本が昭和五一年二月一二日その第三債務者である原告に送達されたことは、当事者間に争いがない。

(3)  被告が、右(1)の執行力ある手形判決正本に基づき、別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権につき、差押・転付命令(当庁昭和五一年(ル)第一四二号・同年(ヲ)第一五二号)を得、同命令正本は昭和五一年五月二四日その第三債務者である原告に送達されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第六号証の二、乙第八号証によれば、右差押・転付命令正本は昭和五一年六月九日その債務者である平田工業株式会社に送達されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(4)  昭和五一年六月一四日の本件第五回口頭弁論期日において、被告が右の預金債権をもつて、原告の被告に対する左の〈1〉ないし〈5〉記載の手形金債権(利息金債権を含む。)と相殺する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に争いがない。

〈1〉 額面 金二〇八万六、六三三円

満期 昭和五〇年一一月二五日

(右は、本件手形金)

〈2〉 額面 金二一万四、四五九円

満期 昭和五〇年一二月二五日

〈3〉 額面 金三五万九、七八〇円

満期 昭和五一年一月一五日

〈4〉 額面 金一二二万二、〇四四円

満期 昭和五一年二月二五日

〈5〉 額面 金二二八万二、九一四円

満期 昭和五一年三月二五日

右のほか、各満期より昭和五一年六月一四日まで年六分の割合による利息金

(5)  再抗弁について

成立に争いない甲第一三号証の一ないし三、証人鍋田勝彦の証言によれば、原告は、原告の平田工業株式会社に対する一、一三九万五、六六六円の手形貸付金債権(昭和五〇年九月五日貸付の元金六〇〇万円、これに対する昭和五〇年一二月五日から昭和五一年二月一二日まで年一〇・二五パーセントの割合による利息金一一万九、〇九五円、昭和五〇年六月二八日貸付の元金一、〇〇〇万円の内金五二七万六、五七一円)をもつて、平田工業株式会社の原告に対する別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権一、〇九四万三、六〇五円、別段預金債権一五万一、九八六円及び右各預金の解約利息債権三〇万七五円の合計金一、一三九万五、六六六円の債権と相殺する旨の意思表示をなしたが、この意思表示は、公示の方法により昭和五一年七月三日に平田工業株式会社に到達したものとみなされたものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(6)  前記1の(2)及び2の(1)ないし(5)において認定したところによれば、前記差押・転付命令がその第三債務者である原告に送達された時点(昭和五一年五月二四日)における前記(1)の確定判決による手形金の元利金債権額は、一、〇八二万五、二〇〇円であるから、平田工業株式会社の原告に対する別紙預金債権目録(1)ないし(4)記載の定期預金合計金八五四万三、六〇五円及び同目録(5)記載の定期積金二四〇万円のうち、二二八万一、五九五円の各債権は、昭和五一年五月二四日平田工業株式会社から被告に移転し、同時に被告の平田工業株式会社に対する前記一、〇八二万五、二〇〇円の手形金債権は、消滅に帰したものというべく、また、同目録(4)記載の定期預金債権二一五万三、二八六円は、期払式で満期が昭和五一年三月二六日であるから、被告が同年六月一四日相殺の意思表示をなした時点においては、少なくとも右定期預金債権二一五万三、二八六円と本件手形金債権とは、相殺適状にあつたものであり、従つて右定期預金債権二一五万三、二八六円と、右〈1〉の本件手形金の元金二〇八万六、六三三円及びこれに対するこの手形の満期である昭和五〇年一一月二五日から前記差押・転付命令が原告に送達された日である昭和五一年五月二四日までの年六分の割合による利息金六万二、二五六円、以上元利金合計二一四万八、八八九円の債権とは、前記被告のなした相殺の意思表示により対当額において同日消滅したものといわねばならない。

右のとおり、本件手形金債権は消滅に帰したものであるとすれば、原告の被告に対する本訴請求は理由なきに帰するものというのほかはない。

なお、原告は、前記(5)において認定したとおり、原告の平田工業株式会社に対する一、一三九万五、六六六円の手形貸付金債権をもつて、平田工業株式会社の原告に対する別紙預金債権目録(1)ないし(5)記載の預金債権等と相殺する旨の意思表示をなしたが、この意思表示は、被告が前記差押・転付命令を得て前記相殺の意思表示をなした後である昭和五一年七月三日に平田工業株式会社に到達したものとみなされたものであるから、被告の右相殺の意思表示が原告の右相殺の意思表示より先に原告に到達し前記のとおりその効力を生じた以上、少なくとも期払式である同目録(4)記載の定期預金債権額の範囲内については、効力を生じないものというべきである(大審院大正四年四月一日判決、民事第二一輯四一八頁参照)。

三  よつて、原告の被告に対する本訴請求は、失当であるから、これを認容した本件手形判決を取消し、原告の被告に対する本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙預金債権目録は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例